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90年代ボクシング回顧録
僕が大好きだった90年代初頭のボクシングに纏わる思い出ブログ
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90's box

Author:90's box
90年代初頭のボクシングを愛した昭和40代生まれの男



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平成の三羽烏
辰吉丈一郎は平成の三羽烏と言われた1人だった。

「平成の三羽烏」。たった十年前に言われていた言葉なのに、
今では恥ずかしくなるぐらい古い言葉に感じる。

その3人とは、
辰吉丈一郎、鬼塚勝也、ピューマ渡久地。

彼ら3人が90年代の初頭、
日本ボクシング界の人気を支えた3人だ。

僕にとっては少し年上だけど、
同年代といっていい彼らの活躍に、
当時の僕は一喜一憂した。

辰吉のスピードに酔い、
鬼塚のスマートさに感動し、
渡久地のパンチ力に期待した。

今となれば3人がそれぞれ敗北した姿を知っているし、
それぞれのドラマがどのような展開を見せたかも分かっている。

しかし、今の亀田が将来、どうなるかが分からないように、
3人がどのような活躍を見せるのか?
その時は当然ながら分からなかった。

だから僕は熱狂したのだ。
彼らの将来を夢見て。

その中でも辰吉。

三羽烏でも随一と歌われたその実力は、
やがて人々に注目され始める。

日本タイトル獲得後の辰吉は注目度のUPと共に、
真の戦いへと歩みだした。

それはボクシングだかこそ紡げるフィクションではない
過酷でリアルな物語だった。

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テーマ:いま想うこと - ジャンル:日記

辰吉の10代
亀田を見ると辰吉の若い頃の姿とダブル。

若い頃というのは、辰吉がデビューをして、
4戦目で日本チャンピオンを獲得するまでの、
まさに飛ぶ鳥をおこす勢いだった頃のことだ。

ビッグマウスに関西弁。
そして、強い。
それが亀田と辰吉の共通項。

1990年代、
辰吉の連打に壮大な夢を託した者も沢山いた。

僕もその1人だった。

深夜、日本テレビで放送されたダイヤモンドグローブ。

そこで放送された辰吉と岡部の日本タイトル戦は圧巻だった。

辰吉は東京で初の戦いだったが、
大物振りを発揮し、
ハンサムで綺麗なボクシングを行うチャンピオン・岡部をなぎ倒した。

パンチ力。スピード。
全てが一流であることを辰吉は証明した。

岡部はまったくといっていいくらい歯がたたなかった。

その時はまったく想像すらしなかった岡部の思い。
それが今の僕にはとても胸をうつ。

10代の僕は常に勝者の気持ちしか想像し得なかったが、
今は違う。

年下に敗れた岡部にシンパシーを感じるのだ。
それは30代になった自分だからこそ気付く思いだ。

ボクシングとは時代を経て僕に色んなことを語りかけてくれるのだ。

10年以上前の辰吉の日本タイトルマッチが今、こうして書くことで
僕に様々な思いを呼び起こすように。

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テーマ:気ままな日記+色々 - ジャンル:日記

亀田三兄弟に見るボクシングの物語性
亀田の日の視聴率が30%を超えた。

久々に現れたボクシング界のニューヒーローの到来に
日本が沸いている。

テレビ中継も視聴率獲得することを第一に考えていた構成だった。
試合も生放送ではなく、生のように見せた録画だった。
TBSのバレー中継と同じ手法だ。

亀田は作られたヒーローだ。
試練はこれから。
しかし、彼らは確実に物語を紡ぎ始めている。

兄弟の物語。家族の物語。親子の物語。

この物語に人々は魅せられ始めている。

そう。ボクシングは物語を
紡ぐことの出来る数少ないスポーツの一つなのだ。

かつて人々はモハメッド・アリの物語に酔いしれ、
僕はタイソンを始めととした90年代のボクサーの物語に酔った。

昔、読んだボクシング誌に、
あるスポーツライターが書いていた印象的な記事がある。

「モハメッド・アリには物語があったがタイソンにはない」

そのライターは大きな勘違いをしている。

物語を紡ぐのはボクサーでなく、私であり、あなたなのだ。

ボクシングの物語性は一人称(私)の存在に大きく依存している。
ボクサーを見て想像し、自らの思いに落とし込み物語を描くのだ。

そのライターは既に物語を紡ぐだけの「若さ」を失ったのだと思う。
だからタイソンに物語を感じなかっただけのことだ。

物語を紡き、心を沸かすことが出来るのは、「若さ」が必要だ。

僕が亀田三兄弟に今ひとつ物語を感じていないのは、
彼らが作られた虚像である以上に、
僕が「若さ」を失いつつあるからなのだろう。

TBS(ドリームマックス)の制作者達が必死で作り上げる物語。

そんな会議室で作られた物語を超える壮大な物語を、
亀田三兄弟が見せてくれる日が来ることを、
僕は祈って止まない。


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テーマ:いま想うこと - ジャンル:日記

鉄人は戦い続ける
ラドッグに2度勝利したタイソンは、
確実にロードバックへの道を走り続けた。

かつて手にしていた栄光を求めて。
そして失った王座を取り戻したのが、
王座陥落から6年後のこと。

その間、何故、6年もかかったか?
実はラドック戦後、タイソンはレイプ事件で収監されていたのだ。

それでもタイソンは96年3月にフランク・ブルーノを撃破してWBC王座を獲得したし、次戦、同じ年の9月にはWBA王座ブルース・セルドンも難なく攻略した。

僕はブルース・セルドンの試合をタイのバンコクのテレビ中継で見た。
安宿街にある小さな外国人食堂の前に「TYSON ON AIR」の文字を見つけたからだ。

灼熱のバンコクで見たタイソンは、
試合に勝ち王座を手にしたが、
それまでに失った多くのものは決して取り戻すことは出来なかったように見えた。

この試合までに彼は、
信頼していたトレーナーをクビにし、
レイプ事件でキャリアに大きな穴を開け、
結婚相手を失った。

勝利はしたが、決して失われたものは取り戻していない。
一体、どうしたら取り戻せるのか?
タイソンの目はその何かを求めてリングを彷徨っていた。




テーマ:ひとりごと - ジャンル:日記

ラドッグとの死闘
ラドッグとタイソンは2度戦った。

1度目の対戦はタイソンのTKO勝ち。

しかし、レフェリーが早く試合をストップしすぎたということで、
2戦目が行われることとなった。

二戦目は強打者同士の対戦でありながら判定となった。
こんな殴りあいがタイソンを壊していったのだろう・・・。

あの美しい動きはラドッグとの第一戦を最後に永遠に見られることはなくなった。
あのスマッシュを避けた一瞬の動きで全て燃え尽きてしまったかのように。

テーマ:日記とみせかけて日記 - ジャンル:日記

鉄人の瞬間
鉄人の芸術的瞬間。
それはタイソンのロードバック、
3戦目に起きた。

対戦相手はドノバン・レイザー・ラドック。
スマッシュというアッパーと
フックの間という一撃必殺の
パンチが武器のスーパーボクサー。

この試合の1ランドのこと。
ラドッグ、凄まじいスマッシュをタイソンは避けた。
その瞬間の動きを僕は今も忘れない。

僕はその瞬間のタイソンの動きを
何よりも芸術的なものだと思った。






テーマ:ヽ(*´∀`)ノワーイ - ジャンル:日記

芸術とは? 
タイソンが魅せてくれた「芸術的瞬間」について書く前に、
「芸術」の定義について記そうと思う。

僕の思う定義はこれだ。
「人を感動させるもの。人の心を動かすもの」

僕がタイソンのみせた「芸術的瞬間」に匹敵する体験といえば…
「ポール・マッカトニー」のライブ、
「NYジャズバー ビレッジバンガード」でのライブ、
セザンヌの絵画、バレー「ボレロ」、そして、インドのガンジス川の夕陽…。
まぁ、つまり僕にとって最高レベルの感動だ。

同じレベルで感動したのだから、セザンヌの絵が芸術なのと同じように
タイソンのあの瞬間も芸術なのだと思う。



テーマ:今一番伝えたい事 - ジャンル:日記

不景気とボクシング
不景気の時代に「格闘技」が流行する。
それはマスコミ関係者の間で信じられている格言だ。

K-1は不景気の時代に始まった格闘技。
そして、日本人は「顔が見える」スポーツでないと受け付けないらしい。

アメフト、モータースポーツはNG。

野球、相撲、マラソンはOK。

喜怒哀楽を日本人は楽しみたいらしい。

顔が見えるスポーツ。不景気だからこそ格闘技。
こうしてK-1は当たった。

同じ時代、日本のボクシング界も、
それ以前よりも少しだけ盛り上がった。

そんな時代に僕はタイソンのあの芸術的瞬間と出会ったのだ。

テーマ:どうにかなる日々 - ジャンル:日記

90年代の幕開け。湾岸戦争
今日はもう一度、90年代について話をしたい。
90年代は湾岸戦争とともに始まり、

みずほ銀行というメガ銀行が誕生したり、
横山ノックが大阪知事を辞任したりした、
1999年に終わる。

「東京ラブストーリー」や「家なき子」がヒットし、
沢山の歌手が生まれては消えた。

携帯を持っている人なんて珍しかったし、
ブログをしている人なんていなかった。

そんなちょっと前の過去。
バブルが弾け空虚をまった時代。

そんな時代だったからこそ、余計、僕はボクシングに魅せられたのかもしれない。

弱さはかなさを感じた時代だったからこそ、
真の強さを求めたのだと思う。



テーマ:徒然なる独り言 - ジャンル:日記