FC2ブログ
90年代ボクシング回顧録
僕が大好きだった90年代初頭のボクシングに纏わる思い出ブログ
ボクシング



リンク

このブログをリンクに追加する



プロフィール

90's box

Author:90's box
90年代初頭のボクシングを愛した昭和40代生まれの男



FC2ブログランキング

FC2ブログランキング



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



BOXING



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



そして、時代は巡る。
辰吉の息子の寿希也君は、
プロボクサーを目指しているらしい。

なかなかの実力だということを聞く。
そして、彼は亀田の三男と同い年なんだとか。

もし、いつの日か、2人が戦うとなれば、
それは、スケールの大きなビッグマッチとなるだろう。

その日は意外に早くやってくるかもしれない。
何故なら戦いは常にインフレを起こすからだ。

視聴者は前回の戦いよりも、
より強烈な戦いを求める。

亀田は、わずか19歳で世界戦にかりだされた。
これは、もうノンタイトル戦では、
人々が満足しなかったからだ。

このままテレビ局が視聴率を追い求め、
戦いにインフレが起きていけば、
きっと辰吉の息子さんは、亀田と戦う日がくるだろう。

それはそうと、新しい首相が決まった。
彼も二世。父のたどりつけなかった場所に到達し、感無量だろう。

⇒ボクンシグベストセラーをチェック

⇒格闘技ランキングをチェック
スポンサーサイト



ピューマの秘密
辰吉と同時代のスターにピューマ渡久地というフライ級の選手がいた。
彼は後に世界ジュニアバンタム級チャンピオンとなる
川島をノックアウトに下した逸材中の逸材だった。

彼は同時代、同じ階級にユーリというスターがいた。
その彼との決戦前に、
彼は姿を消してしまった。

この事件では様々な憶測がなされた。
僕も、その頃、つきあいのあった
スポーツライターから耳を疑うような話も聞いた。

その噂の1つは真実だと思われるものもあった。
今回は、それを書こうと思ったがやめた。

事実か証明できないし、
僕はピューマのボクシングが今も大好きだからだ。

彼は今、東京でボクシングジムを開設しているらしい。
年をとった僕でも入れてもらえるだろうか?

いつか入りたいと思う。

⇒ボクンシグベストセラーをチェック

⇒格闘技ランキングをチェック

テーマ:いま想うこと - ジャンル:日記

スポーツというドラマ
スポーツは真剣勝負なだけに思い通りの結末を見せてくれない。

期待した試合が凡戦だったり、
昨日の日本対ブラジルの試合のように、
奇跡を待っても起こらなかったり。

(それにしてもジーコ監督の無能ぶりは凄い。
 彼を監督にした人物は、即刻、責任を感じ、
 サッカーの世界から身をひくべきだ)

先日まで日本サッカーにそうしていたように、
辰吉はボクシング界のスターとして、
人々が勝手に物語を紡いだ。

しかし、物事は物語通りに進まない。

それは辰吉が最短試合数での世界王座を目指し、
前哨戦を目指す頃から、その予兆があった・・・。

なかなか更新できないが、
次回は辰吉の話しはひとまず置いて、
ピューマの知られざる過去について書くつもりだ。

⇒ボクンシグベストセラーをチェック

⇒格闘技ランキングをチェック
平成の三羽烏
辰吉丈一郎は平成の三羽烏と言われた1人だった。

「平成の三羽烏」。たった十年前に言われていた言葉なのに、
今では恥ずかしくなるぐらい古い言葉に感じる。

その3人とは、
辰吉丈一郎、鬼塚勝也、ピューマ渡久地。

彼ら3人が90年代の初頭、
日本ボクシング界の人気を支えた3人だ。

僕にとっては少し年上だけど、
同年代といっていい彼らの活躍に、
当時の僕は一喜一憂した。

辰吉のスピードに酔い、
鬼塚のスマートさに感動し、
渡久地のパンチ力に期待した。

今となれば3人がそれぞれ敗北した姿を知っているし、
それぞれのドラマがどのような展開を見せたかも分かっている。

しかし、今の亀田が将来、どうなるかが分からないように、
3人がどのような活躍を見せるのか?
その時は当然ながら分からなかった。

だから僕は熱狂したのだ。
彼らの将来を夢見て。

その中でも辰吉。

三羽烏でも随一と歌われたその実力は、
やがて人々に注目され始める。

日本タイトル獲得後の辰吉は注目度のUPと共に、
真の戦いへと歩みだした。

それはボクシングだかこそ紡げるフィクションではない
過酷でリアルな物語だった。

⇒ボクンシグベストセラーをチェック

⇒格闘技ランキングをチェック

テーマ:いま想うこと - ジャンル:日記

辰吉の10代
亀田を見ると辰吉の若い頃の姿とダブル。

若い頃というのは、辰吉がデビューをして、
4戦目で日本チャンピオンを獲得するまでの、
まさに飛ぶ鳥をおこす勢いだった頃のことだ。

ビッグマウスに関西弁。
そして、強い。
それが亀田と辰吉の共通項。

1990年代、
辰吉の連打に壮大な夢を託した者も沢山いた。

僕もその1人だった。

深夜、日本テレビで放送されたダイヤモンドグローブ。

そこで放送された辰吉と岡部の日本タイトル戦は圧巻だった。

辰吉は東京で初の戦いだったが、
大物振りを発揮し、
ハンサムで綺麗なボクシングを行うチャンピオン・岡部をなぎ倒した。

パンチ力。スピード。
全てが一流であることを辰吉は証明した。

岡部はまったくといっていいくらい歯がたたなかった。

その時はまったく想像すらしなかった岡部の思い。
それが今の僕にはとても胸をうつ。

10代の僕は常に勝者の気持ちしか想像し得なかったが、
今は違う。

年下に敗れた岡部にシンパシーを感じるのだ。
それは30代になった自分だからこそ気付く思いだ。

ボクシングとは時代を経て僕に色んなことを語りかけてくれるのだ。

10年以上前の辰吉の日本タイトルマッチが今、こうして書くことで
僕に様々な思いを呼び起こすように。

⇒ボクンシグベストセラーをチェック

⇒格闘技ランキングをチェック

テーマ:気ままな日記+色々 - ジャンル:日記